静岡家庭裁判所 昭和43年(少)940号 決定 1968年8月27日
少年 I・K(昭二五・三・六生)
主文
本件を静岡地方検察庁検察官に送致する。
理由
(事実と適条)
少年は、A、B、Cらと共謀の上、昭和四三年六月○○日午後一一時過ころ、静岡市内から、自己運転の乗用自動車に便乗させた○本○子(当時一八歳)を強いて姦淫しようと企て、清水市○○○○海岸の海水浴場に連れ行き、同所において、自動車の運転台にいる同女に抱きつき、その意に反して接吻をなし、同女を押し倒してそのパンティを剥ぎ取り、その顔面を殴打する等の暴行を加え、またやらせろ、言うことをきかないと殺すぞ等と脅迫し、同女の抗拒を著しく困難ならしめて、同女を交互に強姦し、その際、同女に対して約一〇日間の治療を要する会陰及び腟入口部擦過傷、子宮腟部糜爛症、四肢多発性外傷性皮下出血及び頭部打撲の傷害を負わせたものである。
右事実は、証人○木○子の審判廷における証言その他本件記録にある各証拠資料により、これを認めることが出来、しかして、右事実は刑法第六〇条、第一八一条(第一七七条)に該当する。
(刑事処分に付した理由)
一、本件につき、検察官は、昭和四三年七月一九日、清水警察署より強姦致傷被疑事件として送致を受けて捜査を遂げたが、犯罪の嫌疑がないものとして、同月三一日共犯の成人Aを不起訴処分に付し、少年ら三名は、虞犯事由が在るものとして、当家庭裁判所に送致したものである。しかし乍ら、当裁判所の調査審判の結果によると、少年らは、たまたま、本件犯行の夜、静岡市○○町所在の産業会館のダンスパーテーで知つた○木○子を、その居住先の清水市内の病院の寮まで送ると申し向けて自己の自動車に同乗させて進行中、劣情を催し、同女を強いて姦淫しようと企て共謀のうえ、同女をその意に反して犯行現場に連れ行き、その抵抗を抑えて少年、A、C、Bの順に輪姦し、その際、同女に対して前記傷害を負わせていることが認められる。検察官は、被害者○木○子の抵抗が弱く、また、少年らの暴行を甘受したような態度もあるから、刑法第一七七条所定の暴行脅迫の行為が認め難いとして、前記虞犯事由の送致をしたもののようであるが、およそ、強姦罪の構成要件である暴行脅迫の行為は、強盗罪のそれとは異なり、相手方の抗拒を著しく困難にする程度のものであれば足りるのである。勿論、近隣の救いを容易に求めることが可能であつたり、多少の抵抗をしたとすれば、犯人においても決して性交の目的を遂げ得なかつたものと認められるような場合には、暴行脅迫の行為があつたとしても、その程度では抗拒を著しく困難にするものとはならないから、猥せつや暴行等の罪が構成するかどうかは別として、強姦罪の成立する余地はないであろう。しかし、暴行脅迫の行為は、単にそれのみを取り上げて見れば、相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度には達しないと認められるようなものであっても、相手方の年齢、性格、素行等や犯行のなされた時間、場所の四囲の状況その他具体的事情の如何と相俟つて相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解されるが、本件においては、被害者○木○子は、たまたま、知つた少年らから自動車に乗せられて、深夜しかも人家も、通行人もない、救いを求めることも不可能な淋しい海岸に連れ込まれて、体力のまさる四名の少年から次々に姦淫され、また、その意に反して少年らに抱きつかれて接吻をされ、運転台に押し倒されてパンティを剥ぎ取られ、股を無理に開かれて、殺すと脅迫され、顔面を殴打されて性交をさせられたこと。同女は社会経験の浅い一八歳の未婚の女性であり、また快楽に生るような奔放な質ではなく、むしろ気の弱い、消極的態度の性格であり、その素行にも問題はないこと。同女は、本件犯行時に驚愕し、恐怖の余、声も立て得ず、また、あくまでも抵抗して身を守ろうとする気力を失なつたとも推察され、殊に女心や女体の微妙さを考慮に入れると、同女の抵抗が、一時、鈍るようなことがあつたとしても、そうだからと言つて、同女が性交を容認したものではないこと。
以上を総合すると、本件事案につき、強姦致傷の罪は成立しないとし、これが告訴を否定して、些細な暴行脅迫の前に、たやすく屈するような被害者の貞操は、法の保護に値いしないと見るのは独断にすぎる疑いがあり、これが処置に適正を欠くことになるであろう。
なお、同女は、清水市○町波止場において、本件犯行後にも、執拗に附きまとう少年らの隙をうかがい、逃げ出して救いを通行人に求めて警察官の保護を受けるに至つたものである。
二、次に、検察官は、本件少年につき、前述の通り、虞犯事由が在るとして当家庭裁判所に送致したのであるが、その側面から見ると、少年法第三条第一項第三号に該当する要件を備えていることも認められるが、前記認定の如く、右は強姦致傷の罪の構成要件を備えるものであるところ、少年非行のうち、虞犯と犯罪との両者は、同じく反道徳的、反社会的危険な行動ではあるが、前者は、少年保護の政策上、犯罪に至る一歩前の段階で捕捉し、その段階において保護をする制度であるから、右段階を越えて既に犯罪に移行した場合は、これを虞犯少年としてではなく、犯罪少年として処遇するのでなければ、保護の適正を期し難いのであり、また、犯罪を構成する事実を、虞犯事由として少年法第三条第一項第三号を適用することは違法な措置でもある。
なお、家庭裁判所調査官は、検察官の送致した前記虞犯事由を調査の結果、強姦致傷の事実が判明したため、これが立件報告をなしたのであるが、本件の場合、右報告手続の必要があるかどうか、少年法第七条の法意を考えると、いささか疑問のあるところであるが、それはそれとして、前記送致においては、虞犯事由が強姦致傷の罪を構成する事実であり、換言すれば、清水警察署から送致の強姦致傷被疑事件の事実を、そのまま虞犯事由として当裁判所に送致しているのであり、しかもこれが認められるのであるから、特に立件手続をするまでもなく、そのまま強姦致傷の事実を対象としてこれが審判をなしてもその手続に違背はないものと解される。
三、さて、本件強姦致傷保護事件は、罪質情状ともに重大であり、しかも少年は数回にわたる非行があり、昭和四〇年一〇月二九日には、窃盗保護事件により中等少年院に送致されて静岡少年院に収容されたが、院内における成績が不良のため、特別少年院である小田原少年院に移送され、昭和四二年六月一六日漸く同院を仮退院し、現在、静岡保護観察所の保護観察を受けていたところ、なんら更生の意欲がなく、本件犯罪の主謀者として行動したものであり、また、その年齢も年長であることを思うと、本件は、最早、保護処分の限界を超えていると見るべきである。なお、これに加えて、検察官は、前述の通り本件につき、強姦致傷の罪は構成しないと解し、当裁判所の判断と異なる意見をもたれるが、しかして、その意見は、主として、被害者○木○子の検面調書に左右されて形成したものと思われるところ、なるほど、同女の供述の一部には、一見して、少年らとの性交を容認しているのではないかと疑えるような個所もあるが、およそ、供述を解釈するにあたつては、その供述中の一部、殊にその片言隻句に捉われず、その全体を具に検討して、その真意の在るところを探究する要があるのであり、特に、本件の被害者の如く若年で、言語の表現能力も左程に豊かでなく、しかも、供述が外聞を憚かる性に関連し、羞恥心をともなう事柄であつてみれば、その供述の一部に疑いや瞹昧な個所があるとしても、それにのみ捉われて供述者の真意の在るところを正しく理解せず、それを無視し、固着した観念にこだわり、このため総合的見地から事件の本質を把握することが出来ず、その処理に不当な結果を来すようなことになつては、被害者の権利を守れないことになるは勿論、少年の責任と自覚を基にして、その反省、更生を期する少年保護の目的、機能から見ても処理に適正を欠くことになるとの批難をまぬがれないであろう。そこで検察官とされては、本件事案の性質に鑑み、本件の真相を明らかにするため、その後の証拠資料、特に当審判廷における被害者○木○子の証言を更に検討されることが望ましいところ、このためには本件の逆送を得て、再び捜査を遂げる要かあるから、この点からも本件を刑事処分に付すべきだと考える。
以上本件は、諸般事情をあれこれ考合すると刑事処分に付することが相当であると思料するので、少年法第二三条第一項、第二〇条により主文の通り決定する。
(裁判官 相原宏)